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社会科学徒のエディトリアル

広くは社会科学・狭くは経営学・会計学。学部4年生です。研究者目指します。

「他人と違うこと」それ自体に、どれほどの価値があろうか

”他人と違う”ということを、皆さんはどう捉えていますか。

 

こんな質問を思いついたのも、最近僕が多方面の事柄に関して、話題性だったり自己顕示といった理由から、「他人と違う」というものを武器にして売っていこうという流れが強いなと感じる事が多いからです。

最近は日本も「人と違うことは恥ずかしい事ではなく、むしろ強みだ」「出る杭を打つ社会はダメだ!」といった言論が支配的になり、人々が「人と違うこと」を求めるようになっているような印象を受けますが、僕は必ずしもこの潮流を好ましく思ってはいません。

 

もちろん、人と違うことは悪い事だとかいうつもりはありませんし、”差別化”というのは僕が学んでいる経営学的な視点に立てばむしろ一般的には歓迎されるべき概念とさえ言えるものです。

ただ僕は、順序が違うな、と感じています。

「他人と違う事自体に、どれだけの価値があるのか。」

僕は、こんなことを今回の記事で考察しようと思います。

 

二層の「違い」〜 「違い」が価値に変わる段階〜

そもそもなぜ「他人と違う事」を売りにしようという発想が生まれるのかと言えば、環境変化の激しい現代において「他人と同じことをしていても意味がない」という類の考え方が広まっていたり、「異端児」的な成功者のサクセスストーリーが人気を得たりというように、「変わった人」にスポットライトが当たりやすい土壌ができているからだと筆者は考えます。

ですがここで一度、「変わった人に惹かれる」という事象がどういう原理によるものかを整理してみましょう。

この問いに対しては、具体的な2つの仮説を与えることができます。

 

  1. その人が持つ自分と違う人口統計学or心理学的な特性に価値を感じている(第一層の違い)
  2. その人の特性によって生み出される意見や思考、あるいは生み出されるモノに価値を感じている(第二層の違い)

 

どちらが実感に近いでしょうか。世の大半の人は後者だと思います。

出会う人すべてに「俺と違いますね!!!」なんて知的興奮を覚えることはないですよね。

その意味で、第一層の違いは、人が価値を感じる段階の「違い」とは言えないでしょう。

よって、これ以降の「違う」は、第二層の意味で使っていると思って下さい。1の意味で使うときは、「第一層の違い」と表現することにします。

 

価値を感じる「違い」

そういった前提のもとで、「この人面白い!」と思う「違う人」というのは、どう定義されるでしょうか。

 

1 自分の穴を埋めてくれる人

自分にとって新しい、面白い能力や意見・見識を持っていて、自分のニーズを満たしてくれたり知見を広げてくれたりするような人

2 ”違う自分”と同じ人
世には実現されていない、あるいは認知されていない自分の理想に近い考えや行動をしている人(「お前分かってるな!あいつらとは”違う”よ!」)

 

主たるものとしては、上のような分類が為されるでしょう。

「第二層の違い」によってこの条件が満たされるとき、人はその相手に価値を感じるのだと考察します。

 

何を訴求すべきか

ここで、僕の一番言いたいことを書きます。

先述の、受け手が価値を感じる「違い」には、人口統計的な特性の違いや心理学的特性の違い、つまり「第一層の違い」から派生してくるものが多いです。

そうであるがゆえに、

「面白い人(受け手にとって価値のある人)」=「他人と第一層の意味で大きく違う人」

のような図式が暗黙のうちに出来上がってしまっているような気がします。

ですが、本来その2つは明確に区別されるべきものだと思います。

「私はこんなにも人と違います」ということ自体をアピールしても、先述の2条件に引っかからなければ、世の人にとってみれば「当たり前」で済まされてしまうのです。

 

「第一層の違い」はただの事実です。それ自体で価値を持つものではない。

違うところを売りにしたいのであれば、その違いが何を生み出すのかが重要な訳です。

 例外的に人が「第一層の違い」に価値を感じることがあるとしても、それは第一層の違いとその人が求める第二層の価値が非常に強くリンクしている場合であり、求めている本質は同じだと考えます。

どちらにせよ、その人が生める第二層の価値を認識することが重要な訳です。

 

語り口と内容が就活関連っぽいですが、僕がこの記事を書くきっかけになったのは最近のテレビタレントの売り込み方が気になったからです。

あくまで所感的な記事なのですが、結構世の色々なところで、こういう訴求のズレは起こっているんじゃないかなあと。