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社会科学徒のエディトリアル

広くは社会科学・狭くは経営学・会計学。学部4年生です。研究者目指します。

重大な意思決定ほど、民主制の非合理が露呈する

イギリスのEU脱退は大きなニュースでしたね。

素早いメディアの方々が大筋はまとめていると思うので、一連の騒動の概要はそちらを参照していただくのがよいと思います。

僕としてはそれを受けて政治全体に対して持っている感覚を、ここに書き記します。既に誰かが考えているとは思いますが、分かり易く思考を整理しようという試みです。

 

 

国民は、政治について「合理的に」無知である

今回のEU脱退騒動は、基本的にネガティヴな論じられ方をしています。

世界経済に与える負の影響が計り知れないということ、

移民による雇用の代替を防いでも、経済衰退に起因する雇用喪失を防げないということ。

今回の金融市場の混乱は、平均的な市場のプレイヤーが「まさか」と思っていた事態が発生したということを如実に示しているでしょう。

 

今回の騒動のみならず、近年の政治を取り巻く情勢に不満を抱く全ての人は、こういった一見不合理な(本当に不合理なのかもしれないが)政治的決定がなぜ生まれたのか、考えてみる必要があるのではないかと思います。

厳密には国民が主体となっている今回の騒動は論点が異なるかもしれませんが、あくまで政治家と国民の意識の乖離を論点として書きたいと思います。

 

考えられる理由は2つあります。

①国民(大衆)の総意が、経済合理的でない決定に繋がってしまった

②国家の中枢にしか知ることを許されない情報が、世界の大勢の一般人から明らかに不合理と思われる意思決定を促した

 

基本的に、政治について嘆く人々の言論は、①の立場を取っているように感じます。(そうでない人ももちろんいるとは思いますが)

ただ僕は、論理的に考えると②の前提が正しいのではないか、と思います。

 

まず現代の民主主義政治において、国策というものは、選挙で選び抜かれたエリート達が、あるいはそのエリートの中の選りすぐりが、侃々諤々の議論を重ねて出来上がるものです。

「こんなことも政治家は考慮に入れられないのか」という言論には、待ったをかけたい。

そんなそこらの一般人が考え付くようなこと、考慮に入れてない訳がないでしょう」と。聖火台の件とか一部の不祥事を見ると若干不安にはなりますが、少なくとも国民以上に持っている多様な情報を何度も処理し、大多数の国民よりも長い時間をかけた意思決定が行われていると考えてよいと思います。(でなければ政治家なんて職業は必要ありません)

 

そして今、「情報」という言葉を使いましたが、僕はこれが②の言論を支持するキーだと思っています。

国家運営に関する情報というのは、おそらく世の中に存在する情報の中で一番閉鎖的に管理されるものでしょう。

一度漏れてしまえば、世界の大多数の国政や国民の経済活動に破壊的な影響を与えてしまう」情報というのは、国家機密として厳重に管理されます。

そして、情報経済学の示す通り、「情報」こそが、ある主体の意思決定の内容を決めるのです。

 

何が言いたいかというと、

「国家機密は国家の意思決定を左右するほど重要な情報であり」、

「漏れてしまった場合の社会的な影響を鑑みると」、

「その情報は、大多数の国民には知ることを許されない」ということです。

 

言葉を変えれば、

「国民が政策を評価するときは」、

「最も重要な情報からは意図的に隔離されており」、

「完全情報が成立している際のように各々が合理的な意思決定を行うことは不可能であり」、

「集合体としての民主的意思決定は、歪んだものにならざるを得ない」

ということです。

 

考えてみれば、完全情報の状況下で、各国の合理的な意思決定というものが一意に定まるのであれば、政党によって意見の違いが発生するなんてことは有り得ない訳です。

そんな訳で、諸々の理想的な条件が揃わないと成り立たない独裁政治でなく、民主制という形式がセカンド・ベストの制度として国際政治の標準となっているわけです。

が!

先述の論理に従えば、民主制はあくまで「次善の策」に過ぎないのです。

それを国民がきちんと認識したうえで、政治活動が行われるべきであると考えます。

 

情報の非対称性があまりに大きいからといって、国民が考えても仕方ない、思考を放棄するべきだという事ではありません。

いかにして、民主制を思い描く「セカンド・ベスト」に近づけるか、という命題は、まさに「国民の不断の努力」によって達成されるものです。

 

今回のような騒動も、あるいは近年の日本で起こる政治的論争も、そういった目線からどんな背景が推測可能か、一度は一般庶民の僕らも検討してみるのが大事なのではないかと思っています。